【左思いの右謗り】
「左の耳が痒いと誰かに想われていて右の耳が痒いと誰かに悪く思われているんだよ」と子供の頃に母親から聞いた。
その日から今日までずっと、右耳が痒いと「あら♡」と思い、左耳が痒いと「まあ!(汗)」と思って生きている(笑)
後は右半身に怪我や痛みや不調が重なると誰か他人、左半身だとご先祖様が何かを伝えようとしているとか。
私はファンタジストでロマンチストなのでこのような例えをリアルに信じて生きていくタイプ(笑)
私のブログが、このような言い伝えや、ことわざ的な事の本当の意味や由来を掘り下げて語るなんていう高尚でレベルの高いものでないことは多分皆さん既にご存知。
なので今日もタイトルを枕として、あらぬ方向へ進んで行こうかと思う。
なんら科学的に根拠の無いような話しでも、その話を「誰から」どの「ようなシチュエーションで」更に「どんな心理状態で」聞いたかで自分の受け取り方が違い、ややもすると一生その話しをお腰に付けて生きていくなんてこともあるわけで。
自分にとって影響力のある人の話す言葉はその後、その単語を口にする自分までその人のレベルに近づいたかのような気持ちになるほど舌触り?口触り?言い心地?が良い。
子供の頃、両親の存在はダイレクトに大きい。一番近くにいる人の仕草や口調や習慣を真似ながら人は成長していく。
それを証拠に保育園の年少組での園児の言葉は片言の方言だし、行動も育った家で違っている。
ひよこ組で飛び交う方言は、個人的にはこの上ない萌えポイントなのだけれども(笑)
固い決意もないままに、縁あって愛した人から愛されて(笑)家族になって幸せに暮らしている過程で親になった。
そしてその宝のような我が子がたっぷりと自分の影響を受けて大きくなっていく。
恐ろしい奇跡(笑)
その手前で親にならなくとも、恋人の影響を受けて思想まで変わってしまうこともあるじゃないですか。好みの曲もファッションもあなた色に染まった経験があるなんてこと、身に覚えのある方もおられるでしょう。
そんな風に、理論的に理解しなくても自分にとって影響力のある人から受け取ったものは大きく人生を「左右」させるわけですよ。(ねえ…ここなかなかうまいこと言えてませんか?(笑))
影響される側だった自分がいつの間にか、気がつかないところで誰かに影響を与えているかもしれない。
そう思えばこの口が滑らかにニュルニュルと発している言葉の一つ一つに責任を持たなければならない。
…明日から私は無口になるかも(笑)
あの日あの時、あの人から聞いた事を今でも大切に当たり前のように信じて生きている。
いつか私が何気なく話したこの事を、誰かがずっとお腰に付けて歩いていくこともあるかもしれない。
午前中に右の耳が痒かった一瞬の出来事から、このブログが出来たのです。ああ、誰かから悪く思われてなければいいけどな(笑)いやいやきっと…【大丈夫】(๑¯∇¯๑)