大丈夫日記

日々出会った言葉から【大丈夫】を探していきます。

【日曜日の午後2倍巻きのトイレットペーパーを眺めながら考えたこと(笑)】


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そう、今日のブログはトイレットペーパーを眺めていて考えたことであります(笑)

 

トイレのトイレットペーパー収納ホルダー。ストックが残ひとつになったから補充していた訳です。

我が家のトイレットペーパーはシングル2倍巻き。買うときはいつも一瞬迷う。

でも長くもつのは間違いない。次に買いに行く手間が2倍先になる。

だから2倍巻きにしているんだよなー。

 

なんて考えていたら、結局「便利」をどのように捉えるかということだなと。

 

買ったときの重さは倍近く。でも無くなるタイミングも倍長持ち。

交換の手間、買い物での負担。

どこにポイントを置いて暮らすかで行動も変わってくる。

 

人間は便利を追求するからこそ、研究して新しいものを発明してきた。だからこそ現代の暮らしがどんどん便利になっている。

 

でもさー、便利になるとそれに比例して動かなくなるという現象は必ず出てくる。

動かなくなると、それまで当たり前に使っていた身体の機能が知らず知らずに退化しているって事でもある。

「昔はこうだった!」とか言って今の便利を否定するつもりもないし、存分に今の便利に乗っかって生きているからそれはもうありがたい気持ちでいっぱい(笑)

 

でも昔の暮らしを当たり前として生きていた時代にはなかった問題が、今の当たり前の裏側に潜んでいるなとは感じる。

お風呂に入るためには、井戸から水を何度も汲んで、誰かが一生懸命割った薪を燃やし温度調節をするという想像しただけでもクラクラするような作業が必要だった。

 

エスカレーターなんてないから階段を上がるしかなかったし、和式便所以外になければ例のあのスタイルで用を足すしかない。

 

この日常の動作だけで、現代人がお金をかけてやっている筋トレやエクササイズの類いの運動をこなしているような気がする。

 

手の届く範囲に必要な生活機器が動くためのリモコンやスイッチを並べていればそれはもう便利だけれど、動いて維持できる本来の人体の機能は衰え行く。

 

トイレットペーパーを2倍巻きにして交換の頻度を抑える。買いに行くという労力をカットする。

動かなくてよいことを便利とするのか。

生活動作で身体も動かすことが出来るという『ながら運動』を便利とするのか。

 

便利に乗っかって動かず、弱った筋力や代謝の落ちた身体についた脂肪を別枠有料別時間でどうにかするのが効率的なのか。

 

…このような一連の事を、日曜日の午後にトイレットペーパーを補充しながら考えた(笑)

 

動くのが面倒だからという考えを、こっちの方法ならば同時に身体も動かすことが出来て便利と捉えることが出来たならばこれはまさしく一石二鳥。

 

必要にかられて動かざるを得なかったあの時代には、元気なお年寄りが元気なうちに元気なままの人生を生きていたんじゃないかと。

 

便利に乗っかる、手間ひま省く、この両方をきっちりとひとつひとつ考えながら丁寧に暮らしていくと、もしかしたら究極の健康的な効率のよい生活になるかもしれんなーとか。

 

床の拭き掃除を立って出来るモップじゃなくて四つん這いになって、ちゃんとバケツと雑巾使ってやってみるとか。

デパートのトイレは和式を使うとか、階段を使ってフロアの移動をするとか。

今日は牛乳とサラダ油と洗剤を徒歩でリュック背負って買いに行くとか。

そんな積み重ねは案外、長い目で見れば無駄ではないのでは。

時間と身体の有効利用を考えてみてもいいかもね!【大丈夫】(∗ˊᵕ`∗)